福岡高等裁判所 昭和29年(う)155号 判決 1954年3月23日
控訴人 検察官 木村重夫
被告人 甲木時春
弁護人 副島次郎
検察官 中倉貞重
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役拾月に処する。
但し本裁判確定の日から参年間右刑の執行を猶予する。
理由
検察官中倉貞重の控訴趣意は検察官木村重夫名義の控訴趣意書に記載してあるとおりであるから之を引用する。
控訴趣意第一点について、
原判決は本件五回に亘る窃盗中第一回の窃盗が執行猶予期間内の犯行たることを認定判示し刑法第二五条第二項を適用し刑の執行猶予を言渡し同法第二五条の二を適用し保護観察に付する言渡をした。刑法第二五条と同法第二七条を綜合して考察すると刑法第二五条第二項に執行を猶予せられたる者とあるのは執行猶予期間内に犯罪を犯した者を指すのでなく裁判時において現に執行猶予中の者を指すと解するを相当とする。記録に依ると本件第一回の窃盗は執行猶予期間内の犯行ではあるが原判決当時被告人は既にその期間を経過していることが認められる。そうだとすれば被告人は刑法第二五条第二項の執行を猶予せられたる者に該当しない。
然るに原判決が本件第一回の窃盗が執行猶予期間内の犯行だからとて被告人に対し前記各法条を適用し前記の如き言渡をなしたのは刑法第二五条第二項の解釈適用を誤りひいて同法第二五条の二を不当に適用し保護観察に付すべからざる者に対しその旨の言渡をなした違法あるものにしてこの違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。
よつて爾余の論旨に対する判断を省略し刑訴法第三九七条第一項に則り原判決を破棄し同法第四〇〇条但書に則り更に判決することとする。
原判決が認定した罪となるべき事実に法令を適用すると判示各所為は刑法第二三五条に該当し刑法第四五条前段の併合罪だから同法第四七条第一〇条に則り犯情最も重い判示第五の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で被告人を懲役一〇月に処し刑の執行猶予に付同法第二五条第一項を適用し主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 西岡稔 裁判官 後藤師郎 裁判官 大曲壮次郎)
控訴趣意
第一点原判決は法令の適用に誤があつて、その誤が判決に影響を及ぼすことが明らかである。即ち、原判決は被告人に対する公訴事実を証拠により認定し之に対して刑法第二百三十五条、同法第四十五条前段、第四十七条、第十条を夫々適用して併合加重を為し、更に、犯情再度の刑の執行の猶予を為すを相当と認めて同法第二十五条第二項第一項同第二十五条ノ二を適用した上被告人を懲役拾月に処し三年間右刑の執行を猶予し、猶右猶予期間中被告人を保護観察に付する旨の判決を言渡した。
然るに、被告人は昭和二十五年十二月二十五日原審裁判所で窃盗罪に因り懲役一年三年間右刑の執行猶予に処せられ右は同二十六年一月九日に確定し、次で同二十七年四月二十八日政令第百十八号減刑令により右の懲役刑の刑期を九月に執行猶予の期間を二年三月に夫々短縮された事は記録中の被告人の供述及び前科調書により明白であり、右減軽に係る執行猶予の最終期日は昭和二十八年四月八日であつて今回起訴に係る判示第一の事実が右刑の執行猶予期間内の犯行ではあるが本件の判決時に於ては、前刑の執行猶予期間は既に経過せることは記録上明白である。而して刑法第二十五条第二項の適用の基準は犯行時に因るに非ずして裁判時を基準として判断すべきものであるに拘らず原判決は之を看過し漫然刑の執行猶予の期間中のものなりと速断誤認し之に対して刑法第二十五条第二項、同第二十五条ノ二を適用し再度の刑の執行を猶予し被告人を保護観察に付する旨の言渡を為した事は明らかに法令の適用を誤りたるものにして判決に影響を及ぼすこと明らかであると謂はざるべからず。
第二点原判決の刑の量定は軽きに失するものである。
被告人は前記の通り昭和二十五年十二月二十五日柳河簡易裁判所に於て窃盗(万引)被告事件で懲役一年刑の執行猶予三年間の判決を受け、同二十七年四月減刑令に因り懲役九月猶予期間二年三月に減軽されたに拘らずその間再犯に及んだものであり、且、犯行の手段は何れも万引でありその動機も習癖に基因するものと認められ再犯の虞も充分あり反社会的性格濃厚で犯後改悛の情も認め難き実情にあり、刑の執行猶予の言渡を為すに値いせざるものと謂うべく、然るに、原審は犯罪事実並その被害額等のみを重視し刑の執行猶予を言渡したのは該制度の精神を没却したるものにして、量刑軽きに過ぎる失当の判決と謂うべきである。